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神戸地方裁判所 昭和53年(行ウ)33号 判決 1980年10月31日

原告 是沢達也 外九名

被告 兵庫県知事 西宮市

訴訟代理人 大下勝弘 宮崎正已 梶原周逸 外九名

主文

原告らの被告兵庫県知事に対する訴えをいずれも却下する。

原告らの被告西宮市に対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一申立

一  原告ら

被告兵庫県知事が、被告西宮市の阪神間都市計画下水道変更計画決定に対する原告らの各審査請求書の正本を昭和五三年七月三一日付で被告西宮市へ送付した各処分はいずれもこれを取消す。

被告西宮市が、右変更計画決定につき、同年九月二一日付でなした原告らに対する各異議申立却下決定はいずれもこれを取消す。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決。

二  被告ら

(被告兵庫県知事の本案前の申立)

原告らの被告兵庫県知事に対する訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

(被告らの本案の答弁)

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告西宮市(以下被告市という。)は阪神間都市計画下水道変更計画決定(以下本件都市計画決定という。)をなし、昭和五三年三月一〇日付でこれを告示した。

2  原告らは右決定に対する被告兵庫県知事(以下被告知事という。)宛同年五月八日付各審査請求書(以下本件審査請求書という。)を処分庁である被告市に提出し、被告市はその各正本を被告知事に送付した。

3  被告知事は、右審査請求につき、「行政不服審査法第五条所定の審査庁に当らない」との理由で、右各正本を同年七月三一日付で処分庁である被告市に各送付し、原告らにその旨通知した。

4  被告市は、右各送付がなされたので、右各審査請求を被告市に対する異議申立てとして審査し、同年九月二一日付で各異議申立てをいずれも却下するとの各決定をなした。

5  しかし、後記の都市計画法各条項によると前記の都市計画下水道変更計画決定につき、被告知事は、行政不服審査法五条一項所定の「上級行政庁」であり、かつ、同条二項所定の「直近上級行政庁」である。

すなわち、都市計画法一九条一項は、「市町村は、都道府県知事の承認を受けて、都市計画を決定するものとする。」旨規定し、同法二一条二項は、右規定を都市計画の変更について準用している。また、同法二四条五項は、「都道府県知事は、必要があると認めるときは、市町村に対し、期限を定めて、都市計画の決定又は変更のため必要な措置をとるべきことを求めることができる。」旨規定している。更に、都市計画事業についても、同法五九条一項は、「市町村が都道府県知事の認可を受けて施行する。」旨規定しているのである。

6  よつて、原告らは、被告知事に対して、本件都市計画決定につき、被告知事は被告市の行政不服審査法五条にいう直近上級行政庁であるから、原告らの本件審査請求に対し、これを受理し、審理裁決をなすべきであるにも拘らず、これをしないまま本件審査請求書正本を被告市に送付した被告知事の処分は、違法な行政処分であるから、その取消を求める。

7  また、原告らは、被告市に対して、本件都市計画決定につき、被告市が行政不服審査法五条にいう上級行政庁のないことを前提として本件審査請求を同法六条所定の異議申立てとして審査し、これを却下した各決定は、同法五条及び六条の解釈を誤まつた違法な行政処分であるから、その取消を求める。

二  被告知事の本案前の主張

被告知事は、原告らから被告知事あてに提出された、被告市の決定にかかる阪神間都市計画下水道変更計画に対する審査請求書を被告市へ送付したが、右手続は、後記のとおり、被告知事は市町村の定める都市計画につき行政不服審査法上の上級行政庁に該当せず、被告知事に対してなされた本件審査請求は、同法五条の要件を具備しない不適法なものとして却下を免れないところ、仮に却下すれば審査請求期間を徒過する虞れがあることから、被告知事は、右手続について同法上規定は存しないが請求人の不服申立権を確保させるため、この審査請求書を同法六条の異議申立書と解して被告市に送付したものである。

そして、被告知事は、原告らに対して、右審査請求書を被告市に対して送付した旨通知した。

ところで、およそ抗告訴訟の対象となるべき「行政処分」は行政庁が公権力の発動として行う公法上の行為であつて、これにより直ちに国民の特定かつ具体的な権利義務に直接的・具体的変動を与えその範囲を確定することが法律上認められているものでなければならない。

ところで、本件審査請求書の送付は、請求自体が不適法なものであり、しかも補正により適法な審査請求として取り扱う余地もなかつたことから、請求人の不服申立権を尊重し、これを異議申立てとして取り扱い、処分庁に送付した行政庁間の事実行為にすぎず、公権力の発動として行つたものではなく、これにより直ちに請求人の特定かつ具体的な権利義務に直接的・具体的変動を与えるものと解する余地もなく、この送付をもつて抗告訴訟の対象となるべき行政処分と解しえないから、これを行政処分としてその取り消しを求める本件訴えは不適法なものといわねばならない。

原告らは、右送付はその実質において審査手続を経由することなく審査請求を却下したことに等しく、被告市の変更計画決定に対し、上級行政庁の適法な審査を受ける原告らの法律上の利益を侵害するものであると主張する。

しかし、審査請求は、処分庁に上級行政庁の存する場合、又は法律上これを許容する規定の存する場合になしうるものであつて、原告らが、審査請求の対象とした変更計画決定につき不服申立てを許容する規定はなく、また、後記のとおり、被告知事が被告市の上級行政庁と解しえない以上、被告知事においてこれを行政不服審査法に基づき不適法なものとして直ちに却下することも可能であつたが、右却下をなすことなく被告市に送付したことは、むしろ、原告らの不服申立権を確保させるための原告らの利益となる措置を講じたにとどまり、この送付をもつて同法の手続を経ないで却下したに等しいとして、原告らの上級行政庁の審査を受ける法律上の利益を侵害したとする原告らの主張は、その前提を誤つた失当なものといわねばならない。

以上のとおり、被告知事に対する本件訴えは不適法なものとして却下を免れないものである。

三  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1ないし4はいずれも認める。

2  請求原因のうち、「都市計画下水道変更計画決定につき被告知事は行政不服審査法五条一項所定の上級行政庁でありかつ同条二項所定の直近上級行政庁である」との点は否認し、その余は認める。

3  請求原因6及び7はいずれも争う。

四  被告らの本案に関する主張

左記の理由により、都道府県知事は、市町村の定める都市計画に関する事務につき、行政不服審査法五条にいう「上級行政庁」には該当しない。

すなわち、通常、同法五条にいう「上級行政庁」とは、当該行政事務に関し、処分庁を直接指揮監督する権限を有する行政庁と解されている。

そこで、上級行政庁たるには、処分庁を直接指揮監督する権限を有することが必要であるところ、国の機関委任事務を処理する市町村長の場合は、都道府県知事の直接の指揮監督権に服するので(地方自治法一四六条一二項)、この場合の知事は、市町村長に対して上級行政庁となるが、団体委任事務は、地方公共団体の事務として処理され、その経費も当該地方公共団体において支弁し、その固有事務と同じ手続によつて自主的に処理されるので、この事務に関し、都道府県知事は市町村に対し直接の指揮監督権を有しない。

ところで、市町村の定める都市計画に関する事務は団体委任事務である(地方自治法二条九項、別表第二、二、二五の四)から、被告市の、本件都市計画決定につき、被告知事はその上級行政庁には該当しない(昭和三八年一月一九日付行管理第五号行政管理庁行政管理局長回答)。

原告らは、都市計画法一九条一項、二四条五項、五九条一項の各規定の存することを根拠として、被告市の本件都市計画決定につき、被告知事は、行政不服審査法五条所定の上級行政庁であると主張するが、以下述べるとおり、これら各規定はいずれも被告知事を被告市の上級行政庁と解する根拠とはなりえない。

まず、都市計画法一九条一項が、市町村が都市計画決定に当たり都道府県知事の承認を受けるべき旨規定したのは、都市計画が国の事務や公共団体の事務を含む総合的なものであることにかんがみ、市町村が定める都市計画は都道府県知事が定めた都市計画に適合したものでなければならないとされ(同法一五条三項)、また、都市計画は直接国民に土地利用上の制限を課することとなるので、市町村限りで定めることとせず、知事が後見的監督をすることにより、適正かつ合理的な都市計画が定められるようにするためと、市町村の定める都市計画が、知事の定める都市計画に適合していることについて十分検討し、計画の一体性を確保することが必要であることから認められた調整手続にすぎず、知事の一般的指揮監督権の発動としてなされるものではない。

同法二四条五項も、都市計画が近時の都市化、交通輸送機関の近代化等に伴い、都市相互間の有機的連けいが必要であるところから、市町村の定める都市計画を知事の定めるそれと適合させることにより、都市計画の一体性を確保するために、知事は必要な限りにおいて必要な措置をとるべきことを単に指示できることとしたものにすぎず、この指示権をもつて知事の一般的指揮監督権とみる余地はない。

同法五九条一項は、都市計画事業に関するものであり、これも市町村の行う都市計画事業が都道府県知事の定める都市計画や、その所管する営造物の管理等とそごをきたさないように事前に調整し、都市計画の一体化を図るための手続を定めたものにすぎない。

以上のとおり、原告らの挙示する各条項は、いずれも市町村の定める都市計画を、知事の定めるそれに適合させるための調整手続及び広域的観点からの知事の個別的指導手続を規定したものにすぎず、知事が市町村の定める都市計画につき上級行政庁としての一般的指揮監督権を認めた規定ではない。

このように、都市計画法上も被告市の定める都市計画につき被告知事が行政不服審査法五条にいう上級行政庁とは解しえないから、被告知事が本件審査請求書につき、処分庁に対する異議申立てとして被告市に送付したことは、原告らの不服申立てを審査すべき処分庁において審査をさせるための同法の趣旨に沿つた適法な措置であり、また、この送付をうけた被告市が、これを異議申立てとして却下したことも、異議申立てに対する決定をなしうる行政庁のなした適法なものであつて、いずれにも原告ら主張のごとき取り消すべき違法事由は存しない。

五  原告らの主張

1  本案前の主張に対する反論

被告知事は本件審査請求書の送付は行政庁間の事実行為であり公権力の行使に当らず抗告訴訟の対象となるべき行政処分でない旨主張するが、これを行政不服審査法一条二項所定の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為に関する不服申立て」に当らないとの趣旨に善解しても、なおかつ失当である。

すなわち右送付は、実質上被告知事が被告西宮市の上級行政庁に当らないことを理由として審査請求却下処分をしたのに等しいのであつて、このような手続的拒否処分が右処分性を有することは、異論のないところである(最高裁昭和三六・三・二八言渡判決)。

2  本案に関する主張

行政不服審査法五条にいう「上級行政庁」とは、被告ら主張のとおり、当該行政事務に関し、処分庁を直接指揮監督する権限を有する行政庁であると解せられるが、右の指揮監督権限は、当該行政事務に関する限度であれば足り、行政事務の包括的全体を対象とするものである必要はない。

ところで、都市計画法によると、都市計画事務につき次のような指揮監督関係を規定している。

(一) 都市計画区域の指定と監督

都市計画区域は、都道府県知事が建設大臣の認可を受けて指定する。但し、二以上の都道府県にわたる右区域は、建設大臣が指定する(五条)。

(二) 都市計画の決定、変更と監督

都市計画のうち広域性等により区分した一定のものは、知事が建設大臣の認可を受けて決定、変更する(一五、一八条)。

その他の都市計画は、市町村が知事の承認を受けて決定、変更する(一五条、一九条)。

都市計画区域の指定又は都市計画決定、変更につき、建設大臣は、一定の場合知事に対し又は知事を通じて市町村に対し、必要な措置を指示できる(二四条)。

都市計画の決定、変更につき、知事は、必要ありと認めるときは市町村に対し、必要な措置を請求できる(同条)。

(三) 都市計画制限の権限

一定の各区域について、知事は、開発行為の許可権をもち(二九条)、建築の制限を定め、建築行為等の各種許可をなす権限を有する(四一ないし四三条、五二条の二、五三条、五七条の三)。

(四) 都市計画事業の施行と監督

都市計画事業は、市町村が知事の認可を受けて施行し、又は事業計画を変更する。但し、例外的に国の機関が建設大臣の承認を受けて、あるいは一定の者が知事の認可を受けて、施行等をする(五九条、六三条)。

(五) 都市計画の適合・一体・総合性

都市計画には国の各種計画に適合すること及び一体性、総合性が要求される(一三条)。

市町村が定める都市計画は、知事が定めた都市計画に適合したものでなければならない(一五条三項)。

市町村の定めた都市計画が知事の定めた都市計画と牴触するときは、その限りにおいて、知事の定めた都市計画が優先する(同条四項)。

権限の面から見た新都市計画法の構造の概要は以上のとおりであつて、都市計画、都市計画事業の決定、施行の権限を国から市町村レベルへ下すとともに、広域性のある都市計画の決定権は知事に委ね、かつ都市計画、都市計画事業以外の主要事項である都市計画区域決定、都市計画制限については、すべて原則として知事に決定権、許認可権を委ね、他方都市計画の適合、一体、総合性を完徹するため、国の各種計画の下に、知事の都市計画を市町村の都市計画に優先させ、かつ行政監督の形として、建設大臣には知事に対する一定の認可権を、知事には市町村に対する一定の認可、承認権を付与し、その他両者に所要の必要措置の指示もしくは要求権等を付与しているのである。

県知事の市に対する以上のような一定の許可、承認権が行政監督の一態様であることは明らかであつて、地方自治法が市の都市計画に関する決定施行等の事務をいわゆる団体委任事務としているにも拘らず、同事務に関し、知事は市町村の上級行政庁であるというべきである。

被告らは、市町村の定める都市計画に関する事務は団体委任事務であるから、被告市の本件都市計画決定につき、被告知事はその上級行政庁には該当しないとして、昭和三八年一月一九日付行政管理庁行政管理局長回答を援用するが、これは失当である。右回答は被告らの右主張に沿う内容ではない。

すなわち右回答に対する質問は、「いわゆる団体委任事務については、その管理執行について包括的な主務大臣または都道府県知事の指揮監督を受けない。したがつて、当該事務の処理にあたつて行政庁のなした処分については、法律に特別の定めがある場合を除き、当該行政庁に異議申立てをすることとなるか。」というのであつて、団体委任事務については「包括的に」主務大臣又は知事の監督を受けるものではないが、「当該事務の処理」につき「法律に特別の定めがある場合」には右監督を受ける、という反面の趣旨を示すものにほかならない。

したがつて右回答は、市町村の団体委任事務執行者が当該事務につき法律の定めにより知事の監督を受ける場合のあることを反面において確認したものというべきである。

仮に右回答が被告らの右主張に沿う趣旨を述べたものと理解した場合においても、なおかつ右回答は、基本的なふたつの点において法律の解釈を誤つているものである。

第一に、右回答は、市町村が知事による包括的な指揮監督を受けない場合、知事は市の上級行政庁に当らないというのであるが、被告らも認めているように、上級行政庁とは、前記2冒頭で述べたとおり、「当該行政事務に関し処分庁を直接指揮監督する権限を有する行政庁」であるから、包括的な指揮監督権の存在はその要件とならないのである。したがつて、ふたつの指揮監督を混同した右回答は、この点において既に失当である。

しかもそのうえ右回答は、いわゆる団体委任に属する事務一般については当然に主務大臣又は知事の包括的な監督が排除されるとしている点においても、失当である。

最近の委任行政面を観察してみると、団体委任事務については、国はその行政の執行に関与すべきではなく、むしろ関与することは自治権の侵害であるという見解のもとに監督の責任が回避され、指導的立場を強調しているのである。しかし本来、国または上級行政庁の責務とされている行政事務については、たとえそれが法定委任による場合においても、最終的には、なお原権限行政庁において責任が留保されており、かつ、その行政事務の適法かつ適当な運営をなさしめる法的責任があると解すべきである。そしてそれは、職務態度監督および消極的品質監督の性質を具えているものといえる。

更に広くは、地方公共団体の事務を固有事務・委任事務・行政事務に区別する基準自体が不明瞭であり、また区別する意味もあまりない。

以上のとおり、いわゆる団体委任事務は、個々の法令の定めにより事務内容に従い上級行政庁の監督を受けることがあるのみならず、包括的にも国その他原権限行政庁の包括的監督を受けているものであるが、後者の性質の監督はさて措くとしても、前者のような当該事務に関する監督がいわゆる団体委任事務において存在することは争いの余地がないのである。したがつて前記の回答は、その趣旨が被告の主張に沿うものとすれば、適正な法律理解に基づかない行政解釈であり、極めて失当である。

六  原告らの五、2の主張に対する被告らの反論

原告らは、被告知事が本件都市計画決定につき被告市の上級行政庁であることを論証しようとして、都市計画法に規定された建設大臣及び都道府県知事の権限に関する諸条文を挙示している。

しかし原告らの主張は、建設大臣及び都道府県知事の権限に関する右諸条文を拡大的に解釈し、その条文の実質的意義を誤解したものであつて失当である。すなわち、旧都市計画法時代にあつては、都市計画決定権を国に帰属せしめ、都市計画は主務大臣が決定し内閣の認可を受けることとしていた。しかし都市計画は本来都市住民のための計画であり、都市住民の生活に密着しているものであるから、現行憲法において確立された地方自治の理念に照らせば、都市計画決定は、地方公共団体の事務とされるのが望ましいのである。

しかし他方近年の急速な都市化現象に伴つて都市の連坦化が著しくなり、交通機関の高速化に伴つて都市の時間行動圏が拡大し、都市の閉鎖性が薄れ、土地利用の調整が広域的に行われることが要請され、都市機能の地域的分担を考慮しなければならず、他の諸都市と十分計画の調整をしあう必要があるので、都市計画法は、右のような都市計画の広域性、総合性等の確保の観点から都市計画の決定権者を定めるべきものとし、その根幹的な施設等に関する都市計画については都道府県知事と、その他のものについては市町村とそれぞれ定め、そのほか建設大臣及び都道府県知事に調整的な権限を認めたのである。

そして、現行地方自治法及び都市計画法は市町村の都市計画決定事務を地方公共団体の団体委任事務としたのであるが、およそ団体委任事務は地方公共団体の固有事務とその実質において区別する意味がなくなつているのである。

ところで、都市計画法一九条一項は「市町村は、都道府県知事の承認を受けて、都市計画を決定するものとする」と規定しているが、右知事の承認権は前述の地方自治の理念に基づく調整的作用の制約があるものであつて、上級行政庁が下級行政庁の決定に対して有する承認権とは性質を異にするし、また同法二四条五項は「都道府県知事は、必要があると認めるときは、市町村に対し、期限を定めて、都市計画の決定又は変更のため必要な措置をとるべきことを求めることができる」と規定しているが、右規定も同法一九条一項の場合と同様に内在的制約があるばかりでなく、知事には措置請求権が認められているのみで、上級行政庁が監督権の一内容として下級行政庁に代つて自ら下級行政庁の処分を取り消し、変更するような権限は認められていないのである(同法二四条一項、四項では、建設大臣は、国の利害に重大な関係がある事項に関し必要があるときに限り、限定的に、都道府県知事に対し、又は都道府県知事を通じて市町村に対し、必要な措置をとるべきことを指示し、法定の要件のもとにみずから当該措置をとることができる旨規定しているが、このことは都市計画法の前示制限的趣旨の明確な現れということができる)。

そして、原告らが主張するように、都市計画法の建設大臣又は都道府県知事の権限規定を根拠に、被告知事を被告市の上級行政庁と解釈すると、次のような重大な法的矛盾に逢着するのである。

すなわち、裁決庁が処分庁の上級行政庁である場合は、その監督権の作用として処分庁の行為を全面的に再審査し得るのであり、行政不服審査法はこのことを前提として、審査機関が上級行政庁ではなく、特に法律が定めた第三者たる機関が審査庁となつた場合には、処分の執行停止に際しては、処分庁の意見を聴取しなければならず(同法三四条三項)、裁決に当たつては、処分を取り消しうるにとどまり、処分の変更権限はない(同法四〇条三項)のに対し、上級行政庁が審査庁となる場合には、処分庁の意見を聴取することなく、職権で処分の効力、処分の執行又は手続の続行を停止することができ(同法三四条二項)、また裁決に当たり当該処分を変更し、又は処分庁に対し当該事実行為を変更すべきことを命ずる権限を有している(同法四〇条五項)のである。

しかるに都市計画法は都道府県知事に対しては、前示のとおり、調整的な措置請求権を認めるにとどまるから、これを超える裁決はなしえないこととなり、上級行政庁でありながら、上級行政庁が審査庁の場合になしうる裁決ができないという矛盾に至るのである。

七  被告らの主張に対する原告らの反論

被告らは、原告らにおいて主張するように、都市計画法の知事等の権限規定を根拠に、被告知事を被告市の上級行政庁と解釈すると、重大な法的矛盾に逢着するとして、次のような点を挙示している。すなわち、上級行政庁が審査庁となる場合は、裁決に当り処分変更権等を有するのに対し、同法上は知事には市町村の都市計画につき処分取消権がなく措置請求権を有するにとどまるから、都市計画法上知事が市町村の上級行政庁であり、したがつて審査庁となるとすれば、知事は右措置請求権を越えた処分変更権を行使した裁決はなしえない矛盾に逢着するというのである。

しかし被告らの右主張は、制度というものの基本的理解を誤つた考え方である。上級行政庁であることは審査庁となる要件に過ぎないのであつて、審査庁となる以上、審査庁としての権限の範囲・程度が上級行政庁としての権限のそれを越えることがあるのは当然であつて、何ら矛盾ではないのである。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1ないし4の事実は当事者間に争いがない。

二  ところで、抗告訴訟の対象となる行政処分は、行政庁が公権力の発動として行う公法上の行為であつて、これにより国民の特定かつ具体的な権利義務に直接的、具体的変動を与えその範囲を確定することが法律上認められるものであることを要する。

しかしながら、被告知事が本件審査請求書を昭和五三年七月三一日付で処分庁である被告市に送付したことは前示のとおり当事者間に争いがないところ、右送付行為は、審査請求却下決定とは異なり、行政庁間の内部的事実行為にすぎず、公権力の発動として行つたものではなく、これにより審査請求人である原告らの具体的な権利義務に具体的変動を与えるものではないと解せられる。したがつて、右送付行為をもつて抗告訴訟の対象となる行政処分とはいえないから、これを右にいう行政処分としてその取消を求める原告らの被告知事に対する本件訴えは不適法なものとして却下するほかない。

三  被告知事は、本件都市計画決定に関して、被告市の上級行政庁であるかどうかの点について検討する。

行政不服審査法五条にいう「上級行政庁」とは、当該行政事務に関し、処分庁を直接指揮監督する権限を有する行政庁であると解される。

ところで、市町村の定める都市計画に関する事務は団体委任事務である(地方自治法二条九項、別表第二、二、二五の四)ところ、団体委任事務は、地方公共団体の事務として処理され、その経費も当該地方公共団体において支弁し、その固有事務と同じ手続によつて自主的に処理されるので、都道府県知事はこの事務に関して市町村に対し、同法一五〇条でいわゆる機関委任事務について規定されているような包括的な指揮監督権を有しているものということはできない。

そこで、つぎに都市計画事務について定めた都市計画法において、特に都道府県知事が市町村に対して右事務の処理につき指揮監督する権限を有する行政庁たることを窺わせるような規定があるかどうかについてみるのに、市町村は、都市計画の決定及び変更をするについては都道府県知事の承認を要する旨規定し(同法一九条一項、二一条二項)、また、都道府県知事は、必要があると認めるときは、市町村に対し、期限を定めて、都市計画の決定又は変更のため必要な措置をとるべきことを求めることができる旨規定している(同法二四条五項)。さらに、同法は、都市計画事業について、市町村は都道府県知事の認可を受けて施行する旨規定している(同法五九条一項)。

原告らは、都市計画法の右各規定等を根拠に本件都市計画決定につき被告知事は被告市の上級行政庁であると主張しているのである。

しかしながら、行政不服審査法によると、上級行政庁が審査庁となる場合には、処分庁の意見を聴取することなく、職権で処分の効力、処分の執行又は手続の続行を停止することができ(同法三四条二項)また裁決にあたり当該処分を変更し、又は処分庁に対し当該事実行為を変更すべきことを命ずる権限を有している(同法四〇条五項)のであり、以上の各規定に徴すると、同法五条にいう「上級行政庁」たりうるためには、処分庁の行為を全面的に再審査し、これを停止あるいは変更することができる権限を有することが法律上認められていることを要するものといわねばならないところ、前示のとおり、都市計画法によると、市町村の都市計画事務に関しては、都道府県知事は、同法一九条一項により、市町村の都市計画決定に対し、これを承認する権限を有し、また同法二四条五項により、必要があると認めるときは、市町村に対し、期限を定めて、都市計画の決定又は変更のため必要な措置をとるべきことを求めることができるに止まり、市町村の都市計画決定を全面的に再審査しあるいは変更する権限は有しないのであるから、都道府県知事は、市町村の都市計画決定に関し、行政不服審査法五条にいう「上級行政庁」には該当しないといわねばならない。また、市町村の都市計画決定につき、都道府県知事に審査請求することができる旨の法律の規定も存しない。

以上によると、本件についてみれば、被告知事は、本件都市計画決定につき、行政不服審査法五条にいう「上級行政庁」には該当せず、したがつて、原告らは、本件都市計画変更決定について法令上、被告知事に対して審査請求をすることはできなかつたものといえる。

四  以上の次第であつて、原告らの被告知事に対する訴えは不適法であるから却下することとし、被告市に対する訴えは理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西内辰樹 野田殷稔 能勢顕男)

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